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Southern Islands

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    心が疲れた時、僕を癒してくれるのは「南の島」と「ビーワンの頭皮エステ」だけです! だからこの美しいオーシャンを何があっても守りたい、それが僕の信念のひとつです。 ちなみに(^^;)/ 撮影者は僕です!

越後良いとこ…

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    食べ物は美味しいし、景色はキレイだし、これで雪さえ降らなきゃ、ですね~(^^;)

笑顔が教えてくれるもの…

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    フィリピンの貧しい家庭の子供たちに2度ほど「文房具」を寄贈しに行って来ました。 BSCの仲間が僕に託してくれたミッションだったのですが、一人平均800円程度の文房具ですがこの子供達は「貰ったことがない」んです。 泣かされたのは殆どの子供たちが「兄弟にも分けてあげるんだ!」と言って輝くほどの笑顔を僕にくれました。 とは言っても僅か200名程度の子供たちに文房具を寄贈することがこんなに体力を必要とするとは… 何事も「本気」でなければ続きませんね。

My POP !

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    「伝わるPOP」とは? ビューティースパイス的?なPOPです!

MY POP 2

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    必ずしもプライスを入れる必要はありません!

MY POP 3

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    使用ソフトはJust SystemのPop in Shop 8 です。

マイ・パワースポット

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    弥彦山から弥彦神社にかけて、僕は「マイ・パワースポット」と呼んでいます。 だって「片頭痛が治る」んですもの!(^^;)/

Books-1

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    サロンのお客様の「意識付け」や、スタッフが「エコ馬鹿」にならないため?に読んで頂きたい本を少しずつですがご紹介していきたいと思います。 すべて我が「エコルーム文庫」に置いてある本達です! 「スピ系?」は次回、と云うことで…(^^;)/

2011・キャンドルナイト

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    被災地の東北・東関東のMAPを囲んでキャンドルを置き、皆で黙とうを捧げ、そして祈りました。

これが「ビーワン」です!

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    お肌ツヤツヤ、髪はサラサラ、しかも身体に優しい、更には環境にも優しい。ご興味のある方は是非、コメントしてくださいっ!

癒されます…

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    「植物園」のような大きなお花屋さんで撮らせて頂きました。 本当に「美しい花」は人の心を癒してくれます。

2012年5月 2日 (水)

「なんのために・・・」 by Yuriko-U

 私たちの人生には、いつ苦しみや悲しみが降りかかるかわかりません。自分の身にとんでもないことが起こったとき、そのまま絶望の谷に落ちていくか、それとも、立ち直ってふたたび歩きはじめるか、それはあなたしだいです。

 そう言うと、「絶望の谷になんか落ちたくないに決まっている。だけど、立ち直る方法がわからない」と答える人が圧倒的です。そこで今回は、私が実践している"失望しても早く立ち直る方法"をお伝えしましょう。

 

 あなたはとんでもない目に遭ったとき、「なんで私がこんな目に遭わなくちゃいけないの」と思いませんか? 私もそうでした。でも、それはもう起きてしまったことなんですよね。起きたことを「なんで」と悔やみ続けると、絶望の谷に落ちていってしまいます。

 

 谷底からはいあがるにはたいへんな努力を要します。私はいやというほどそれを味わったので、もう失望しても「なんで」とは思いません。その代わり、「なんのために私はこの体験をしたのか」と考えます。あなたもぜひ、『「なんで」を「なんのために」に変える』というシンプルな発想の転換をしてください。

 

 その大前提として、私の中には3つの信念があります。それは――①人生に偶然はない。②人生に無意味な体験はない。③人生に乗り越えられない試練はやってこない。――そう信じるからこそ、つらい体験の陰に隠された"必然の意味"をどうしても知りたい、と強く思うんです。

 

 最初は「なんのために」と考えてもさっぱり意味を解せず、そんなときは勝手に意味をこじつけていました。たとえば「負けるな、強くなれということだ」「もっと大らかに受け流せということだ」と。それでも、悔やみ続けるよりは前向きになれるからいいと思いました。

 

 あなたが「なんのために」と考えても、すぐには答えが出てこないこともあるかもしれません。でも、それを続けていると、必ずわかるときがやってきます。あの苦悩はこのためにあったのか……と感慨を持って体験を振り返るときが訪れるでしょう。

 

 人生を揺るがすような苦しみに限らず、日常の"ちょっとムカつく出来事"に遭ったときも、「なんで」ではなく「なんのために」と考える習慣をつけませんか。すると、物事をいつでも前向きに解釈する力が備わってきますよ。

 

 その人の心の平和は、人生に降りかかる出来事をどう解釈するかによって決まります。つまり、その人の解釈によって心のありようが決まり、目に映る景色まで変わるんですね。似たような環境に身を置いて、似たような体験をしたとしても、ひとりひとりの心は、常にその人の解釈した世界に留まるのです。

 

 10人いれば10通りの解釈があるように、あなたも年齢によってさまざまな解釈をするようになると思います。それが心の平和を左右するなら、前向きに解釈する力を一日も早く身につけて、人生に起こることをむやみに恐れず、心穏やかに生きていきましょう。

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御意・・・(o^^o)♪

2012年4月26日 (木)

ヴィーダフル Dr.Miyayama 出版&来日記念講演会

去る4月23日、グランヴィア大阪にて「Dr.Miyayama 出版&来日記念講演会」が開催されました。

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会場のキャパの都合上、250名しか参加できませんでしたがその熱気は凄いものでした!

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発売から半年が過ぎ、多くの方の体験談も拝聴し、感動しました。

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フルボ酸への認識と思いがさらに高まった、素晴らしい一日でした。

詳しくは「フォトアルバム」をご参照ください。






2012年3月22日 (木)

「中庸を行く…」

中庸=ニュートラル=バランス=センタリング=解放=王道…エトセトラ。
おそらく僕が今、一番意識している言葉がこの「中庸」です。
最初に書いたように「捉え方によって」は解釈も異なるでしょうが、概ね納得できるもの、です。
...

「感情」や「調心」を常に「中庸」に置くことで、自分の「生き方が楽」になります。

「人間関係に無理が無く」なります。

「中庸を意識する」とは「常に心の帰る場所を用意しておくこと」とも言えるでしょう。

何故か、と言うと「偏見を持たない」「依存しない」「軽はずみな判断をしない」「正しい選択をする」「世の中の方向性を把握する」エトセトラ…こう云った事の答は「中庸にのみ存在」するからです。

そして「自分自身を解放出来る」のは「中庸」に心の居を構え、心のバランスが取れた人です。

「引き寄せ」に「法則」があるとしたら、それはきっと「中庸にいる者同士が出会うこと」かも知れません、ね。

あなたの周りに「トラブル・メーカー」がもしも居るならば、是非ともしっかり観察してみてください。まず間違いなく「中庸」とは縁のない生き方をしている筈ですから…

ありがとう・ごめんなさい・許します・愛しています・反省します・美味しいです、エトセトラ

これら「ポジティブな言葉」とはつまり「ブレた心を中庸に戻すためのもの」とも言えるでしょう。

だから「いつも中庸に居る人」は「居心地の良い人」なのです。
ネガティブな言葉を決して発しないから…

(o^^o)♪
Chuuyou


2012年3月21日 (水)

「負のエネルギー、には近づかない!」 …

「醜い自分」「悪あがきをする自分」「人の悪口を言う自分」になりたくなければ、出来るだけ「負のエネルギー」には近づかないこと、が重要です。

「複雑極まりない性格を持った知人・友人」に会うことや「仕事に於いて明らかに先の見えていない人」と組むこと…。
...

更には「どう考えても愛を感じ合えない異性との交際」エトセトラ

その辺りを熟慮せずに「負のエネルギー」を背負い込むと「蟻地獄?」にハマって行くわけです。

でも人間というのは悲しいかな「嫌いな相手に悪く言われることを恐れたりする不可解な生き物」なのであります。

だから「一緒に居たくないのに誘われると嫌!と言えない」自分に苛立ったりしたことはありませんか?

僕は今「明らかに負のエネルギーを回避しながら生きている」と思っています。

「気が乗らない」「ワクワクしない」ことには基本的に関わらないようにしています。

それだけに「これだっ!」と思える「ワクワク」には誰よりも早く大きなアクションでアプローチ出来るのです。

なので、いつどんな時でも、自分の心の中で「プラスとマイナスのエネルギーの区別」だけはキッチリつけておきたいものです。
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2012年3月19日 (月)

面倒臭い生き方、はやめよう!

【ニュートラルな心の目】で物事を見るように心がけていると、自分の周りの人たちが「どんな生き方をしているのか?」が、何となく見えてきます。

中でも一番先に見えてしまうのが「面倒臭い生き方」をしている人達、でしょう…

「確証のない噂話をばらまく人…」
「その噂話の真偽を自分で判断しようとせずに頭から信じ込んでしまう人…」
「ことの真贋を無視して偏見に満ちた判断基準を持つ人…」
「いつも自分と他人を比較し、自慢・妬み・嫉みを振り撒く人…」
「良いものを良い、悪いものを悪い、と言えない人…」
「相手の理解を促せないままに押しつけをする人…」
「世の中の流れ、を汲み取れない人…」
「ありがとう&ごめんなさい、を言えない人」…
エトセトラ…

書き出したらキリがないのであとはご想像にお任せしますが、とにかく「面倒臭い生き方」を読み取られるとその「歪み」は、結局「自分の所へ返って」来ます。

それは「面倒臭い生き方をしている人」は他人から見ると「扱いが面倒な人」だからです。

これは「波長が合う、合わない」とは異次元の問題です。

「シンプル(簡単)に生きる心がけ」が有るか無いか、ただそれだけです。

「シンプルに生きる」には「シンプルな自分で居る」ことが大切です。

「シンプルな波長」を持っている人はちゃんと他人にそれが伝わります。

ちゃんと他人に理解してもらえます。

あなたの周りにはいませんか?面倒臭い人?

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2012年3月13日 (火)

ヴィーダフル&フルボ酸の勉強会・・・

このところヴィーダフルとフルボ酸についての勉強会の依頼が続いています。

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フルボ酸とは何か?

ヴィーダフルの製品は何が秀でているのか?

ビーワンとの併用、そして共存とは?

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まあ、何はともあれ「興味を持つ人が増え」て「真実に目を向け始めた」ことは嬉しい限りです。

「損得」ではなく「真贋」・・・

「意固地」を捨てて「柔軟」に・・・

「心がけ」をもう一度見直す時ではないのでしょうか?

「真実」を見つけたら「楽しくて仕方が無い!」そんな声を最近良く耳にしますもの・・・

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2012年3月11日 (日)

「好きな自分…」 

  by Yuriko-U

「自分を好きになりたくても、なれない…」という悩みを打ち明けられることがよくあります。かつては、私もそれで随分苦しみました。

 自分を好きになりたいのは、自分に満足して自信を持って生きたいからですよね。そう、もっと幸せになりたいから。
...

 今は、こう思います。その人が幸せに生きるのに必要なものは、全部その人が持って生まれてきている。だけど、まだその活かし方がわからないうちは苦しいんだって。

 いい方を変えれば、自分に備わった特徴や個性に満足して活かせるようになることが、それぞれの生きる目的。だからそれができると、幸せがはじまると。

 さらに別のいうと、自分を育てあけるのに「最適な条件」を、それぞれが選んで生まれてきている。その条件は個性と呼ばれる容姿や性格に限らず、特徴としてあげられる家庭環境や体の不自由な部分も含めて、「自分」の引っさげているものすべて…。

 この条件は人によって違うけれど、幸せに優劣はありません。つまり幸せを感じる心は平等で、どんな条件下でも、みんなが幸せを甘受できるのです。

 では、大きな違いは何かということになりますが、それが「他人と比べて不足を感じ、文句をいう個々のクセ」です。

 このクセを試行錯誤、悪戦苦闘しながら修正していって、「今が最高!これで満足!自分が大好き!」といえる自分になることが人生の大仕事というわけです。

 比較社会でもみくちゃにされて染み付いた「比較クセ」を、なんとしても取り除きましょう。人と比べて、「私はタカが知れてる」と決めつけるコチコチ頭を、必死で解かしましょう。

 日常、「あっ、いま比べてる!」と気づいたら、そのたびに、「もう、このクセは手放す」と自分にいいきかせて発想をかえます。文句をエールに切り替えていくんです。

 考えてみたら、一生涯つき合う人間は自分しかいないんだから、とことん応援してラクにしてあげなくちゃ…。私も「自分が自分を信じられなかったら、いったいだれが自分を信じて励ますんだ」って涙をふきふき踏ん張りました。

 これはありのままの自分を受け入れていく作業なので、根気は必要だけど、大いにやりがいがあると思います。

 私たちの幸せは、人より勝っているかどうかで決まるのではなく、自分にあるものをどのくらい慈しんで生きられるかどうかで決まります。

 人といっさい比べなかったら、自然に自分のことをいとしく感じて好きになっていきます。すると、自分と同じようにして生きている他の人たちのことも応援したくなるんですね。

 そこに、もうひとまわり大きな「一体感」という幸せを見つけるのです。

♥ 自分を好きになりましょう!♥ (#^.^#)
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2012年3月10日 (土)

「気持ちの伝え方…」

by Yuriko-U



相手に自分の伝えたいことがうまく伝わらない。そんなつもりでいったんじゃないのに誤解されてしまう。なにをいちばん伝えたいのか自分の気持ちがわからない。――あなたは日常のコミュニケーションの中で、そんな経験をしたことがありませんか?

 特にメールの場合、相手の反応がその場でわからないだけに、あとから不快な思いをしたり困惑するようなことが起こりやすいかもしれません。伝えたいことがうまく伝わらない、伝えたいことが自分でもわからない、といったことがどうして起こるのでしょうか?
...

 あなたが人に「伝えたいことを伝えること」と、それが「正確に伝わること」は別です。なぜなら、言葉はその人の解釈によって伝わる内容が違ってくるからなんです。まずは、相手の人には相手流の言葉の使い方があることを承知してください。

 たとえば、「少しいやな感じ」と書いたあなたの文字情報を、「少しだけなのね」と解釈するか「そう、いやなのね」と解釈するかは相手しだい。そこで、自分の真意が伝わるように言葉を補足するとか、自分流の言葉の使い方をもっと工夫する必要が出てくるんです。
"うまく伝わった"ということは、"交わされる言葉を共有できた"ということ。私がメッセージブックを書く上でいちばん気を配るのもこの点です。言葉は、伝わらなければ役目を果たせません。なにも考えずにひとりよがりの言葉を放てば、結果として自分が苦しむことになるのです。

 次に、なにを伝えたいのか自分の気持ちがわからなくなる場合について。これは、自分がそのこと(または人やもの)に関して感じていることがわからないと、どんな言葉を選んでもピンとこなかったり、ウソっぽい感じがぬぐえないでしょう。

 そうなる原因の1つとして、「相手に意識を向けすぎてしまうこと」が考えられます。相手の表情や反応を気にするあまり、自らの心に意識が向けられなくなって感情が入り乱れ、自分の気持ちが把握できなくなってしまうんです。

 これを避けるには、普段から心に意識を向けて"自分の気持ちを把握する練習"を積むのがいいでしょう。たとえば、レストランやお店でなにか注文するとき、「今、なにが欲しいと感じてる?」と心に聞いて、声に出して明瞭に答えるようにするんです。

 ところが、心というものは、ちゃんと意識を向けているのに反応があいまいでつかみにくい場合があるんですね。そんなときは、たいてい「好き」と「嫌い」が同居しています。そこで「はっきりしないのはおかしい」と思って「好き」か「嫌い」のどっちかを選ぼうとすると、自分の気持ちがわからなくなります。これが原因の2つ目として考えられることです。

 そこでは、「好きな気持ちも嫌いな気持ちも両方ある」とありのままを受け入れるようにしましょう。それでOKなんですよ。すると心が落ちついて、「両方あって決められないのが今の私の気持ち」と正確に伝えられるようになります。

 自分の気持ちを相手が少しでも理解しやすいように、ありのままの状態を言葉を尽くして親切に伝えること。それが上手なコミュニケーションの秘訣だと思います。

♥ はい、心がけますっ! (^^♪ ♥

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2012年3月 9日 (金)

「一番難しくて、一番大事なこと…」   

Yuriko-U

ソンするかも…ムダに終わるかも…と感じたときに、それでも“相手の得になるように「自分を与える」”ことはとてもむずかしいですね。

 しかたなく譲ったり、もったいぶって恩着せがましくするのは、「心から与える」行為にはならないし、またそんなふうにされたら、相手は気分を悪くするか気が引けるでしょう。
...

 そこに登場するのが「お金で割り切る」という解決策。「これだけ払うんだから、それに見合うものを与える。もしくは与えられる」ということでお互いに納得します。確かに社会生活はそれで成り立っていますが、このままいくと『親切』まで「サービス料」として買うしかなくなりそう…。

 今や『感動』だって、「与えるもの」ではなく「お金を出して手に入れるもの」と考えている人が多いかもしれません。実際に、あなたが旅行・映画・観劇・美食・本などに出費する場合はどうでしょうか?

 それは少しも悪いことではないけれど、合理性だけをよしとすると、思いがけない喜びや、計算外のありがたいことに触れる機会をなくしてしまいます。ようは、人生がつまらなくなるんですね。

 問題は、「当たり前」という感覚を抱くことにあります。「お金さえ払えば、与えられて当然」と思っていると、『感謝』の気持ちがわきにくくなります。感謝することから遠ざかれば、どんなに便利でも、もの足りなく感じます。

 なぜかというと、私たちにある感謝、つまり「愛」は、もともと数字で割り切れるものではなくて無尽蔵。それを、お金に代表される「引き換え条件」にこだわって出し惜しみすれば、自分自身に「愛」が流れないから充足感が得られないんです。

 与えられれば与えられるほど「欲望」がわいて、与えれば与えるほど「愛」が流れるのが人間。だからこそ、「気持ちよく与える」ことを意識的にやっていきましょう。

 たとえ相手にお金を払う側でも、感謝することはいくらでもできるし、逆にお金をもらわなくても、自分が役に立てたことに感謝することはできるでしょう?

 そこに生じる「お金では買えない喜び」の受け渡しが、「ありがたい、なんて豊かな人生なんだ」という感動につながっていくんです。 

 まずは、どんな小さなことでもいいから、相手の得になることや、相手を認めてあげることを、「してさしあげる」という気持ちで触れ合ってみましょう。すると、相手の喜ぶ姿や声に接して、与えられたときとはまったく別の喜びを味わえますよ。

 そのとき、あなたを縛りつけてきた自己防衛の壁がくずれて、自分が解放されるのがわかると思います。それが、「与えることは与えられることだった」と感じる瞬間なのです。

 何かをしてあげられるということは、だれかの役に立つということ。自分がだれかを幸せにしてあげられたと実感できることです。あなた自身の存在価値を、もう一度そんな中から発見しませんか?

♥ ホント、そう云う自分になりたいです!(#^.^#)V ♥
Taisetu


2012年3月 7日 (水)

「ひとつの幸せ…」   

by Yuriko-U

親しい間柄で遠慮がないからケンカする。でもケンカしたあとは、前よりいっそう仲良くなる。というのなら問題ありませんが、ケンカするたびに心にヒビが入って距離ができていくようだったら、一度そのわけを考えてみましょう。

 あなたは、自分の親しい人、たとえばパートナー、恋人、友だちと言い争いになったとき、どんな気持ちで自己主張しますか? エスカレートしてくると、その発言はどうなりますか? ある女性は、「恋人に言い負かされると腹が立って、いつか思い知らせてやりたいという気になる」と打ち明けました。
...

 人間はケンカすると、「あなたは間違っている。私の言っていることが正しい」という気持ちに陥りやすいんですね。だから相手の話を聴くことがヘタになるんです。はなから「それは間違った主張」と決めつけ、はね返そうとするためです。

 最悪の場合は、行き違っている内容はそっちのけで人格を罵倒しはじめます。「そういうあなたってサイテー!」とか、「ホントうるさいやつだなぁ」といった調子で……。

 こんなふうにはね返されて悲しい思いを味わった、という経験はありませんか。私たちは言い争ったときに浴びた暴言を、あとから何度も思い出しては何度も傷つきます。暴言を耳にしたのは一回だけなのに、記憶は仲直りしたあとも消えないのです。

 つまり、言い負かされたほうは、一度でも暴言があれば忘れないし、正しい主張をしている気になっているほうは、たいていそのことに気がつかない。中には、言い争った弾みで吐いた言葉なんていちいち覚えてないと言う人さえいます。

 でも、そういったことの繰り返しが心を疲れさせ、「いつか思い知らせてやりたい」という復讐心にまで発展してしまうこともあるのです。

 人と意見が対立することは避けられないにしても、恋人にムカつくことは避けられないにしても、傷つけ合う必要はありません。暴言は吐かない、なるべく人にやさしい人生を送るほうがいいに違いありません。

 そこで、言い争いになっても「これだけは守る」という自分のルールを決めておくことをお勧めします。たとえば、「人格には言及しない」とか「まず相手の話を聴く」とか「何はともあれ深呼吸する」など。

 問題が生じたとき、どっちが正しいかと言えば、心理の上ではどっちも正しいのです。だから、お互いの心の背景を理解するために話し合う。いえ、耳を傾け合うのです。

 どっちが正しいかを求め過ぎれば、幸せが逃げていきます。大事なことは「歩み寄る」ことで、相手を言い負かすことではありません。「怒りをやり過ごす」ことも、「自分の都合を見送る」ことも、大きなやさしさです。

 私は、夫とケンカするといつも思います。片方が幸せじゃなくなったら、もう片方も幸せではいられなくなる……ふたりはペアで"ひとつの幸せ"を分かち合っているんだなと。

 あなたもそのことを忘れないで、有益なケンカをして理解を深め合ってくださいね。

♥ ん~、有益なケンカ、ねぇ~。(~_~;) ♥
Heart


«「浄化の風に吹かれて…」